おすすめの一冊 28

逝きし世の面影
渡辺京二著 平凡社ライブラリー刊

 今から50年前、わが家に電話機が入った時、文明社会に大きく一歩を踏み出したような気分になったものですが、まさか小学生が携帯電話を持ち歩く時代が来ようとは夢にも思いませんでした。
 しかし、こうして文明の進歩とは逆行するように人の心の荒む様相が日常社会に広がってしまったのは何故でしょう。
 「昔はこんなではなかった」とお年寄りのつぶやく声を耳にすることも少なくありません。
 昔の日本とはどのような世界だったのでしょうか。

 今回の「おすすめの一冊」は【「逝きし世の面影」渡辺京二著・平凡社ライブラリー・千九百円+税】です。
 私たちの知り得る江戸中期から明治時代の日本の歴史と云えば学校の教科書に載っている寛政の改革、桜田門外の変、黒船、安政の大獄、大政奉還、西南戦争、文明開化、日露戦争などのキーワードが浮かびますが、人々の暮らしや日常の様子などは知る由もありません。
 ところが、この時代を実に良く観察していた人達が居りました。カッテンディーケ、チェンバレン、モース、オールコック、イザベラバード、ヒュースケン、ベルツといった外国人そして山川菊江、今泉みねなどによる生の記録をベースに纏めたのが本書です。
当時の日本人、一般庶民を外国の人達がどのような目で見て、どのような感想を抱いたのか実に細かく記されています。
 そこには虚飾や誇張は感なく、必ずしも日本の良いところだけが抜き出されている訳でもありません。庶民の在りのままの姿とその印象や子供たちの日常の様子など、様々な角度からの観察が窺えます。
 特に「子供の楽園」の章に記されている明治期の子供の描写と今日の情況と比べて「子供にとって幸せとは何か」考えさせられます。モースは「日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない」とまで言いました。礼節や作法といった外国人が高く評価した文化が衰退しつつある今日、文明の導入と引き替えに失ったものの大きさを感じます。
 ウェストンの言う「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではより良い国になることは確かなことだろう。しかし、昨日の日本がそうであったように、昔のように素朴で絵のように美しい国になることはけっしてあるまい」とは「逝きし世」への惜別の辞なのかも知れません。(N)