おすすめの一冊 46

「里」という思想 
内山 節著 新潮選書

 政府の地方行財政検討会議において、「住民自治の強化」がテーマとなっています。昨年マスコミに大きく取り上げられた所在不明高齢者問題や全国で年間3万人を超える無縁死に象徴される「無縁社会化が急速に進む日本」がその背景にあります。市町村合併による基礎自治体の規模拡大等による団体自治の強化を優先している間に住民と行政の絆や住民同士の絆が弱くなり、無縁社会化が進んでしまったのではないでしょうか。

 住民自治で思い出すのは、上野村に住む哲学者内山節氏の著書『「里」という思想』(新潮選書)の「公共」の段です。同段中に次の記述があります。「私が上野村に滞在するようになった頃、村人が使う「公共」という言葉に関心をもったことがあった。「それは公共の仕事だから」とか、「それは公共のことだから」というようなかたちで、村人は何度となく「公共」という言葉を使う。東京で「公共」といえば、国や自治体が担うもの、つまり行政が担当すべきものを指していた。だが村人が使う「公共」は、それとは違う。「公共」とは、村では、みんなの世界のことであり、「公共の仕事」とは、「みんなでする仕事」のことであった。だから、春になって、冬の間に荒れた道をみんなでなおすことは、公共の仕事であり、山火事の報を受けて家から消火にとび出すことも、祭りの準備をすることも、「公共の仕事」であった。「公共」と行政とは、村では必ずしも一致していないのである。村人の感覚では、行政の前に「公共」があり、行政は「公共」のある部分を代行することはあっても、それはあくまでも代行であって行政イコール「公共」ではなかった。そして村人が感じている「公共」の世界とは、それほど広いものではなかった。それは自分たちが直接かかわることのできる世界であり、自分たちが行動することによって責任を負える世界のことであった。つまり、自分との関係がわかる広さといってもよいし、それは、おおよそ、「村」という広さであるといってもよい。」

 地方自治は、本来、住民が自己の属する自治体の政治行政の善悪に利害を敏感に感じる範囲で行うべきもので、あまり広大な地域や大人口の下では、実行し難いものです。属する社会のことを共に考え合うところから、同一自治体の住民としての責任、連帯意識や協力の心が育ち、名実共に自分達が地域社会の主人公であると常に意識するようになり、住民同士が協力し合う「豊縁社会」となります。

 無縁社会化が急速に進む今日の日本において、住民と行政の絆及び住民同士の絆が強い小規模な自治体は理想の自治体ではないでしょうか。「小さいから輝く」とも言えます。「住民自治の強化」には、地方行財政検討会議で議論されている議会制度、直接請求制度、住民投票制度等の制度改正だけでは問題解決にはなりません。重要なことは、地域の伝統や風土に育まれた住民の自治意識や協力の心です。内山先生の『「里」という思想』を読み、そう確信しました。(U)