おすすめの一冊 37

 春 宵 十 話 
岡 潔著 光文社文庫

 困難な時代というのは周期的にやって来るように思われます。今日までにその多くは戦争という形でしたが今は様子が違ってきました。
 ここ数年の様々な制度やシステムが激しく変化し続ける状況は尋常ではありませんが、何故か人々からこの動きに対して不安定な状況に晒されているといった危機感が伝わって来ないのが不思議でもあります。
 皆が危うさを感じながらも差し迫った危機を認識できずに、「取り敢えず日々、つつが無く一日が過ぎている」からかもしれません。
 「知らぬが仏」も一つの幸せの形に違いありませんが。

 今回の「おすすめの一冊」は【「春宵十話」岡潔著・光文社文庫・五百円】です。
 明治34年から昭和53年まで76年の生涯は本業であった数学者としての業績もさることながら、随筆家として卓越した足跡も残されました。岡潔先生の随筆から多くを学ばれた方もいる筈です。
 その代表作が昭和38年に刊行された「春宵十話」です。その後も「一葉舟、昭和
への遺書、日本民族、日本のこころ、夜雨の声」などを発表されましたが、この春宵十
話には本質が詰まっていると感じます。

 そのはしがきで「私が急に少しお話ししようと思い立ったのは、近ごろのこのくにのありさまがひどく心配になって、とうてい話しかけずにはいられなくなったからである」と言っておられます。
 鍵となる言葉は「情緒」ですが、弱肉強食の殺伐とした時代の真っ只中で「和」や「情緒」を唱えても置いていかれるばかりか、顧みられることもなく黙殺されるのが落ちかもしれません。

 今日、政権の維持・奪取をかけた戦い真っ只中の日本ですが自民党も民主党も自治体を収斂し人口30万以上、自治体数700から1,000、人口の少ない小規模団体は行政
機能、権限を制限する」との議論が盛んです。こうした価値観が絶対視されるようなると数字と効率のみが支配する殺伐とした世界が更に進むことになります。
 「スミレはスミレのように咲けばよい」と説く岡先生とは裏腹です。
 45年前の随想ですが、全く今日の問題と同質のものを感じます。
 曰く「情緒の中心の調和がそこなわれると人の心は腐敗する。杜会も文化もあっと言う間にとめどもなく悪くなってしまう」
 今日の社会情勢、風紀・治安の状態を思うにつけ、ここ半世紀あまり日本が辿った道に落としてきた物が何であったかを検証し、失ったものを取り戻さない限り新たな光は見出せないように思われます。
 それは自然に学んだ日本のこころや真・善・美が理解できる人間の育成に外ならず、国家百年の計の立て直しが急務のようです。(N)