おすすめの一冊 32

山の霊力-日本人はそこに何をみたか-
町田宗鳳著 講談社選書メチエ

 山の暮らしが不便で非効率なら都会へ出て来れば良いという人も居りますが、「ふるさとの 山に向かひて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな」と詠んだ啄木の心に今の世は何と映るでしょうか。
 海のない群馬ですが上毛三山の他にも地域の顔になる山は沢山あります。この山に対する特別な感想をお持ちの方も多いことと思います。
 山は悪魔の住むところと言うのはヨーロッパの話。日本では神の住む聖域。そして私達の祖先は山との関わりの中で様々な影響を受け、学び多様な形となって現在の我々に伝えているのです。

 今回の「おすすめの一冊」は【「山の霊力―日本人はそこに何をみたか―」町田宗鳳著・講談社選書メチエ・千五百円+税】です。
 山の本と言えば深田久弥の「日本百名山」があまりにも有名ですが、どこの山にも神社や寺があり山の頂上には祠が祀ってあります。
 文明が進むに連れ農山村に伝わる年中行事の数も減り、伝統を守っている家はこの半世紀の間に激減しました。
 科学万能の社会で、人の自然に対する畏敬の心も失われつつあります。

  著者の町田さんは14歳で出家。臨済宗の寺で修行を積み34歳で渡米。ハーヴァード大学、ペンシルヴェニア大学で神学を学び東京外国語大学教授を経て広島大学大学院教授という経歴の持ち主。
 山は動物であり産む力もあれば殺す力も備えていると言い、古代から信仰の対象になっているオロチ(蛇)が様々な形で登場する様子や諏訪大社の御柱、注連縄の故事来歴、興味深い解説など手引書の趣もあります。

 信仰の対象として或いは修行の場所として全てを受け入れる懐の深さを見せたり人間を拒絶する荒々しさや険しい顔も兼ねる山ですが、山の民である私たち日本人の本籍地として重要な意味を持つ山でもあります。平野に居住する都会人だといっても、山の民の末裔に変わりません。
 様々な視点から人と山の関わりを説き明かし、読む者に新たな発見と再認識を促しますが、終章の「人と山とのバイラテラリズム」では「環境と精神文化、〈いのち〉を拝む日本的一神教、山で生まれた日本仏教、生物学的コスモロジーに生きる日本人、『山のエロス』対『都市のエロス』、神話的空間の喪失、山も人間を必要としている、マイ・マウンテン探しのすすめ」と項立て、今日の山が抱える問題と現代社会の病理に迫り、「自然の少ない人工的空間で多くのストレスを抱え生命感覚の鈍った現代人は、山で感動の練習をすべきである」とも言います。
 「神住む山」の姿と人間の有り様を見つめ直したいものです。(N)