おすすめの一冊 60

『 ジェノサイド
高野和明著 角川書店

 他人を傷つけ、ましてその行為が人を死に至らしめてしまうほどであるならば、その一線を越えるのは、人間にとってたやすくはないだろう。しかし、自分自身や自分に近しい人を守るために戦うとなれば、正当防衛という名のもとに抵抗はあるにしてもそのハードルは低くなる。さらに、このハードルを低くしてしまうのが、戦争という大きな枠の中にはめ込まれた人々の戦いではないだろうか。
 今この時も世界のどこかで戦争や内戦により、多くの尊い命が失われている。日本にも日本海や東シナ海から、きな臭い匂いが漂ってきており、近隣諸国との緊張状態が強まってきている。
 集団的自衛権について憲法解釈を変更し、行使できるようにするのか。従来日本政府は「憲法9条は国際紛争解決の手段としての武力による威嚇または武力行使を禁じており、自国の防衛以外に武力行使はできない」と説明してきた。このため同盟国である米国側には「憲法を改正し集団的自衛権を認めるべきだ」とする声もあり、国内でも呼応する人もいたが・・・。

 今回ご紹介する本は、高野和明(たかの かずあき)著「ジェノサイド」((株)角川書店)。ジェノサイドとはユダヤ系ポーランド人法律家のラファエル・レムキンによって創られた造語で、ある人種•民族を、計画的に絶滅させようとする集団殺害、集団殺戮という意味で使われている。このコーナーには似つかわしくない題名かも知れない。内容も凄惨な虐殺シーンが書かれており、気の弱い方にはあまりおすすめしない方がよい本ではある。しかし、この本の一節を伝えたくて、あえて紹介することにした。
 物語は、グリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊)をやめ、バクダッドで民間警備会社の護衛任務に就いていたイエーガーに、会社の重役が極秘任務を持ちかける。病気で苦しむ息子の高額な医療費を払うため、任務の内容も明かされないまま、イエーガーはその任務を引き受け南アフリカへ向かう

 一方、日本では、創薬化学の研究室に通う大学院生のもとへ、死んだ父親から謎めいたメールが送られてくる。
 アフリカ、日本、そしてアメリカの地でこの物語が同時進行していく。
 そんな中で、登場人物のハイズマン博士が「現在、地球上に生きている六十五億人の人間は、およそ百年後には全員が死に絶える。なのに、なぜ今、殺し合わなければいけないんだろうな?」というこの一言が深く印象に残った。当たり前のことを言っているだけだが、なぜか心に響く言葉だった。
 我々も日々いろんなことで悩み、苦しみ、怒り、ひいては憎みという感情を抱えながら生きている。時には他人と衝突することもあるが、この言葉は宇宙から地球を眺めているような気持ちにさせてくれ、乱れた心を落ち着かせてくれる。この言葉がどの場面で出てくるのか、興味のある方はぜひ読んでいただきたい。
 戦争はなぜ起こるのか。戦争を始める決断をしておきながら、決して戦地へ赴くことのない世界の為政者こそ、このハイズマン博士の言葉をよくかみしめて欲しい。争いのない世の中にならないかと願うことが、はかない夢とは思いたくない。(M)