おすすめの一冊 58

『 生き心地の良い町 』
岡 檀著 講談社

 日本では毎年3万人近くの人が自殺しているという。例えとしては不謹慎と言われるかもしれないが、大きな町一つの住民全員が、毎年、毎年自ら命を絶っていることになる。こう考えると3万人という数字は、とてつもなく多いと感じる。
 また、死に至らないまでも、自殺しようとした人、あるいは頭の中を「自殺」という文字がよぎった人の数を数えれば、その数は膨大なものになるだろう。
 今回ご紹介する本は、岡 檀(おか まゆみ)著「生き心地の良い町―この自殺率の低さには理由がある―」((株)講談社)です。題名を見て、人々が元気で生き生きと暮らす町の様子を紹介する本なのかと思ったが、副題に「自殺」というなにやら物騒な文字を見つけ、題名とのギャップに、より興味を惹かれて手に取った。

 この本の作者の岡さんは、地域の社会文化的特性が、住民の精神衛生に与える影響を明らかにしたいと、コミュニティの特性と自殺率との関係に関心を持ち、自身の研究テーマとする。ユニークなのは、自殺を研究しようとすると、どうしてもその原因や個人の人柄などに目を向けようとすると思うが、岡さんは全く逆の発想で、自殺が少ない地域には、自殺予防因子があるのではと考え、調査を開始する。
 そして新聞記事「老人の自殺、17年間ゼロ ここが違う徳島・海部町」に出会う。そこから統計資料の分析や海部町の現地調査が始まった。

 海部町に入ると、聞き取り調査や住民アンケートを行い、1赤い羽根募金が集まらない、2小中学校の特別支援学級設置に反対、3商工会議所に勤めていた41歳の男性を教育長に抜擢、4選ばれて議員になったからには、古参も新人も同等、5でけんことはでけんと早う言いなさい。はたに迷惑がかかるから、6移住者によって発展してきた、地縁血縁の薄いコミュニティ、など海部町の特徴を集めた情報からこの町の自殺予防因子を5つ上げている。
 それは、@(前記1、2とリンク)いろいろな人がいてもよい、いろいろな人がいたほうがよい、A(同3)人物本位主義をつらぬく、B(同4)どうせ自分なんて、と考えない、C(同5)「病(やまい)」は市(いち)に出せ、D(同6)ゆるやかにつながる、である。
 こうしたことが自殺の少ない町の要因であると仮説をたて、自殺の多い地域との比較調査などで明らかにしていく。このキーワードを見ただけでは分かりづらいと思うが、海部町は人々の多様性を認め合うという暗黙の了解が、自然と息づいてきた町なのではないかと感じた。
 また、娘が自殺し親せきの心ない叱責、周囲の人達からは「死ぬ気になれば何でもできる」といった言葉の暴力や批判を受けた母親の「自殺ってそれほど悪いことなのでしょうか」という悲痛な訴えを聞き、岡さんは自殺した人を決して責めないと心に誓う。
 そして、今からでもできる心がけとして「どうせ自分なんて」と言うのをやめませんかと呼びかけている。ストレス社会に生きる私自身も、この言葉をつい思い浮かべてしまうことがあるが、そうした時にはすぐさま自分自身に警戒警報を発しなければならない。(M)
 
※ 徳島県海部町は、2006年に合併し、現在は海陽町の一部となっている。