おすすめの一冊 54

『 無私の日本人
磯田道史著 文藝春秋

 昨年11月15日付け読売新聞群馬版に「町挙げ歓迎トレイルラン 神流町」の特集記事が掲載されました。トレイルランは、神流町の山々を使った約700人参加のランニング大会で約400人の住民がボランティアとして運営を手伝い4年前から毎年開催されています。標高が1000メートルを超え「天空の里」と呼ばれている持倉集落(住民12人、全員が65歳以上)の方々は、そこの畑で採れたものを使った手打そばや花豆を選手全員に振舞っています。また、11月22日付け同紙には「支え合って笑顔 南牧村」の特集記事がありました。バスを待つ登山客のために軒先で無料休憩所を開き、そばがきや手作りこんにゃくを提供しているおばあちゃんをはじめ、作った野菜を近所の方々に配ることを楽しみにしているおじいちゃん等の幸福度の高さを窺わせる笑顔いっぱいの写真があります。住民皆さんの「利他の心」と地域に対する愛着や誇りを感じさせる丁寧な取材及び記事に敬意を表する次第です。
 そんな折、歴史家・磯田道史氏の『無私の日本人』(文藝春秋刊)に出合いました。今から240年前、奥州街道沿いの吉岡宿(現宮城県大和町内)は、仙台藩の直轄領ではないため、ほかの宿場と違い、藩から伝馬御合力(助成金)が給付されず、重い課役に苦しみ、吉岡宿に家屋敷を持つのは損と心得て、住民が少しずつ吉岡宿を離れ衰亡の危機にあったとのことです。商人の穀田屋十三郎と菅原屋篤平治はこのままではご先祖様に合わせる顔がないという責任感と吉岡宿の住民の貧困をなんとか救いたいという願いから奇想天外な「企て」を立て、同志7名(7家族)とともに足かけ8年、銭湯には入らず水垢離をとり、断食までして小銭を貯めたということが『国恩記』に記されているとあります。「企て」は成就し、吉岡宿は幕末に至るまで人口が減ることはなかったとのことです。穀田屋十三郎は死に臨み、「わしのしたことを人前で語ってはならぬ。わが家が善行を施したなどと、ゆめゆめ思うな。何事も驕らず、高ぶらず、地道に暮らせ」と子供たちに言い残したそうです。

 ところで、昨年末の総選挙では、あたかも今日の経済社会の閉塞感を打破しうるような期待感を国民に抱かせるため、主要政党がマニフェストに道州制導入推進を掲げました。土と格闘したことがない競争原理一辺倒の道州制推進論者の方々には理解できないと思いますが、地域に対する住民の愛着や誇りは集落、地区、広くても村や町単位で醸成されるものです。人為的に人口20万人以上の「基礎自治体」を作ることは、現在、小規模な市や町村で営まれている地道で崇高な「無私の住民自治」を壊し、当該住民の愛着や誇りを破壊する行為だと確信いたします。

 著者の磯田氏は、あとがきにおいて、競争原理が支配する現在の日本社会の風潮に疑問を抱き、次のように述べています。「ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である。」道州制推進の方々は日本人が豊かさを実感できない閉塞感の原因を統治機構の欠陥に求め、地方分権という大義を利用し(地方分権を濁らせ)、効率主義の経済成長を主張していますが、自己利益や利己心といったかつての日本では抑制されていた日本人の価値観の劣化がその原因であると本書を読み気付きました。(U)