おすすめの一冊P

小 さ き 者 へ

有島武郎 岩波文庫

 テレビ、パソコン、i モード携帯電話など、多様な情報の利器に埋没してしまいそうな社会では、「秋の夜長」も「季節の移ろい」も日常生活と関わりのないものになってしまっているのかも知れません。この季節「読書の秋」という言葉を脳裏に浮かべる人はどのくらいおられるのでしょうか。近ごろでは何巻にもわたる長編物はおろか、小説の類は敬遠されることが多くなっているようですが、優れた言葉や文章に出会い、感動するという経験を特に若い人にぜひ味わってもらいたいものと思います。静かな夜を読書に耽る楽しさもまた、良いものです。

 今回の「おすすめの一冊」は【「小さき者へ」有島武郎著・岩波文庫・@300円+税】です。
 人と人のつながりが希薄化する昨今、親子の絆きずなも弱くなってきているといわれます。全部が全部そうではありませんが、時々ニュースに登場する幼児虐待や養育放棄など目を覆うばかりの悲惨な事件を思うにつけ、人間として、人の親としてのありさまを憂い考えさせられます。
 人権や個人主義などということが盛んに言われる昨今、「自己犠牲」などといったことはあまり聞かれなくなりました。かつての美徳は、今ではこの国からどんどん消え去っているように思われます。
 しかし…。赤ん坊が人として一人前に育つには、己の犠牲を厭わぬ献身的な努力と、親としての限りない愛情に支えられてのことと思います。
 人として一人前に育てられた者も、これから子の親としての人生を歩む者も「己を捨て他者を思う崇高な価値の存在」を知ることが大切です。
 大正七年に発表された本書は、文庫本の15ページ足らず。一晩で一気に書き上げられた作品と言われますが、文章の一節毎に重さが感じられます。秀れた短編小説は沢山ありますが、一推しの珠玉の短編です。
 喜びも哀しみも人にとって大切な養分でありますが、本物を理解し感動することも今の私たちに一番必要なことではないかと思います。
 名作ですので、既にお読みになられた方も多いと思いますが、そうでない方はぜひお読みになってみてください。(N)