21世紀は農業農村の時代

新治村長 鈴 木 和 雄     

 古来より「食を以って天を為す」と言われるように、食物を生産する農業は、生命の産業であるという認識を持ちたいものです。
 さて、我が国の食糧自給率は穀類べ−スで29%と極めて低いにもかかれらず、一方では米余り現象が続き、多額な予算を投入して生産調整が行われています。この矛盾する取組みから、何時になったら脱却できるのか、その対策が急がれています。
 戦後も50有余年を経過し、戦争を知らない世代が大半となりました。私達は、戦中・戦後の多くの国民が食糧難に遭遇し、飢餓との戦いの中で、日本の再建と復興に血と汗にまみれて努力を重ねたことを決して忘却してはならないと思います。
 この数年、不況も長引き明るいニユースの少ない昨今です。ただ不景気とは言っても多くの国民は食べる物に不自由するわけでもなく、有り余る飽食の日々を享受しています。しかし、世界の各地には、今でも深刻な飢餓に苦悶している人々がいる事も現実の姿です。
 今では先進国の仲問入りを果たしたものの、経済の発展とは裏腹に食糧自給率は下降線をたどり続けてきました。歴史が示すようにイギリスでは18世紀半ばの産業革命以後、食糧を輸入に依存すると食糧自給率が急低下して30%台になりました。慌てて自国での生産増に政策変更をしましたが、自給率を100%に戻すのには何んと100年かかったと言われています。世界的には人口問題などから食糧不安が叫ばれる今日、我が国に於いても食糧自給率を向上させる政策が最重要課題です。21世紀は農業・農村の時代の実現に全知全能を傾注する世紀としなければなりません。
 これからの時代は、農業は勿論のことあらゆる産業に新規参入者を受け入れる姿勢が肝要です。その為には積極的な規制緩和に合わせて行政も、企業も情報公開が求められています。この時にあたり、農業基本法の見直しが検討されています。
 先ずは食糧の供給は、国内重視の姿勢を掲げ、努力目標でもいいから、食糧自給率の設定をすべきです。加えて、新規参入者を増す施策を求めるものであり、その一つとして市町村が農地を保有できるように制度化を図るべきであります。
 生命の産業に携わる新規就農者が、全国で2,000人レベルなのに対し、医者が毎年8,000人誕生するということは、大いなる矛盾の社会構造に他なりません。
 私は10年前に就任以来、村の二大基幹産業である、農業と観光がリンクした村づくり、即ち、村全体を一つの美しい公園に見立てた、「農村公園構想」を行政推進の基軸に据え、出来る限りの手を尽して参りました。
 村民の理解と積極的な村づくりヘの参加を得ながら、首都圏がら2時間という交通の利便性も手伝って、目的はほぼ順調に推移してきました。女性や老人は非常に活気を呈し、一歩先を行く農家はサクランボやブドウ、或いは養魚など、本村では歴史的に未経験の分野に挑んでいます。客観的にみても、農業だけでも充分に収入が得られる環境が整ったにもかかわらず、若者に元気が出てこないのが気がかりです。やがて荒廃農地が、はびこる日が予感されるからです。
 ここ1年で本村へは他県より、2名の農業Iターンが定住しました。産業構造の疲弊化が進む昨今、農業に挑戦してみようという意気盛んな若者は、沢山いると思うのです。例えば〃本格的農業に挑戦する若人を新治村は大歓迎します!良好な農地が用意してある〃と広告宣伝ができたら、私は多くの応募者があり人的交流によつて農村に活気も生れると思うのです。この想定は単に希望的な夢物語ではなく、実現性の高い農山村の活性化への道であると同時に、国民の責務としての国土保全の方策でもあると考えています。私は全国の農山村のためにも、身を以つて一石を投じたいと常日頃考えています。
 しかし、農業を守ることの大切さは分かっていても、農地の利用に対する規制が厳しいがために、新規参入者を拒み、農業に意欲を燃やす人達にも失望を与えているのが現実です。株式会社が農地を取得することまでは賛成できないが、市町村が農地を保有できる時代が来なければ、食糧自給率の向上と農山村の活性化を図ることは不可能であります。
 是非ともこの機会が将来を見据えた農業改革となり、食糧を国外に依存する体質から国内重視に変えて「安全・安心・新鮮」に力点を置いた供給体制が確立出来ることに期待をする次第です。そしてこの事が食糧の安定供給と日本の恒久的な平和、更には隆盛を保持できる道であると信じるからであります。生命を支える農業は21世紀も尊厳性の高い産業でありたいものです。