ふ る さ と の 再 生

  

   

群馬県町村会長(板倉町長) 針ヶ谷  照 夫   

 

  

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年も日本列島は、国、地方を問わず、辛い一年であったような気がいたしますが、その中でも特に印象深かったのは、北朝鮮に拉致されていた被害者の方々の帰郷でした。
 5人の人たちは、昨年10月17日、それぞれ24年ぶりにふるさとに帰りましたが、肉親や友人、知人等との再会シーンは、さすがに胸にジーンとくるものがありました。
 佐渡に戻られた曽我ひとみさんは、「人の心、山、川、谷、みんな温かく美しく見えます。」と詩を寄せられました。
 そういえば、お盆の時など、大変な混雑の中を、人々はふるさとを目指します。やはり人間にとってふるさとは大切なもの、必要なものということを改めて感じました。
 しかし今、そのふるさとがピンチです。
 年々苦しくなる地方財政、歯止めのかからない人口減少、過疎化が進む中で、ふるさと再生の切り札として、私たちは地方分権に期待をいたしました。これまで地方には、人口減少を食い止めるための住宅用地や、自主財源を求めるための企業誘致等の開発行為など、自由に選択、決定するための権限がなかったからです。
 しかし、私たちの望んでいる権限の移譲はなく、最近になって、市町村合併による政令市、中核市、特例市等に権限の付与ということが言われるようになりました。
 財政面等の優遇措置も含め、地方分権一括法とは、合併を推し進めるための一つの手段だったのかなと思えてなりません。
 加えて最近では、第二段階として、強制的に合併を進め、我が国からは町村をなくす。人口の少ない小規模市町村は、基礎的自治体としての資格を剥奪する。ということが公然と言われるようになりました。
 今日の経済、財政危機を招いた不良債権等の原因や責任が問われることなく、またふるさとを守るべく、血のにじむような努力をした先人の思いが報われることもなく、都市に対しての地方の意義、日本列島での農山村の役割、そして最も重要な地方自治の本旨が論議されることもなく、半ば強制的に進められている市町村合併の現状を考えるとき、我が国の将来に大変な不安を感じます。
 そうした中、ある本によりますと、すべての人たちが画一的な目標に向かう社会は、本当は豊かではない。求めるべき豊かで幸せな社会とは、自らの性格や好みにあった暮らしを選べる社会、つまり「選択の質と幅が豊富な社会」であるとしています。
 今、我が国は、経済、財政、雇用関係等、未曾有の危機的状況の中で、また都市の論理、効率論が先行される中で、それらの対語とも言うべき、また幅広いメニューを持つ「ふるさと」は存外大事なことなのかも知れません。
 私たちは今、ふるさとの持つ意義を改めて問い直し、どうすれば再生が図れるか、真剣に考えるときであろうと思います。
 日々、それぞれの町村にあって、御苦労されている皆さんに感謝申し上げますと同時に、本年が、新たな光明を見出だす年でありますよう念じて新年の挨拶といたします。