原風景を残す天恵の郷を美しく感動の六合に

六合村長 山 本 三 男    

県の西北端で、長野県と新潟県に県境を接する六合村は、明治22年に断行された明治の大合併で草津村として誕生したものの、生活状態、処世の方法、財政負担力等、趣を異にしていたことから、10年間に及ぶ分離独立運動によって、明治33年7月1日草津町と六合村にそれぞれ独立して現在に至っております。

 面積は282・81平方キロメートルと、県内の市町村中7番目に広く、標高は700から2,300メートルと起伏に富む急峻な地形によって、野反湖や芳ケ平、暮坂峠などの景勝地を形成し、北から南に貫流する白砂川沿いには尻焼、花敷、湯の平、応徳、六合赤岩等の性質の異なる温泉なども、幸か不幸か、これまで大きな開発行為も行われないまま、ほぼ自然の状態を維持していたことから、秘境、秘湯ブーム時には頻繁にテレビ等で紹介されてきました。

 近時の村づくりにおいては、竹下内閣時代のふるさと創生事業の取り組みにおいて、少子高齢化と若者の雇用対策に対応するため、地域の資源である温泉を活用した保健・医療・福祉の合体施設「六合温泉医療センター」を核に福祉リゾートづくりを行うことを目指したことによって、介護保険の導入にも支障なく対応することができ、先進的事例として、多くの自治体関係者の視察を受け入れ、小さな過疎の村であっても、医療や福祉が安心して授受できる生活環境が整ったことにより、若者の村外流出も緩和され、過疎対策の上からも大変効果があったと言えます。

 時の過ぎるのは早いもので、村長就任後、既に折り返し点を過ぎ、余すところ1年半となりましたが、脆弱な財政規模と小規模な人口の過疎の村にあって、民間による社会資本の整備は皆無の状況にあり、行政がそれらを充足する必要があるところから、行政が抱えるいろいろな問題や住民が行政に求める課題に対して、民意を反映した合意形成、迅速な実行性を基本に、積極果敢な行政を推進しております。

 一例として、最初に新産業研究会を発足して、赤字の公営観光部門について、活路を見出せないかと調査研究を重ね、その結果として民間の経営感覚を取り入れた「(有)六合産業振興社」により平成15年度より運営を開始する一方、ふるさと会員に向けた六合の山野草、家庭野菜などのできる宅地分譲地の販売を開始してまいりました。

 また、母親の社会参加も多くなり、若者の定住環境整備の一環として、安価で最も効率的な子育て支援基盤づくりを実践するにあたり、基本的な考え方を示した上での幼児教育検討委員会に検討を委ね、県関係者の真摯の対応によりまして、いち早く幼保一体化構造改革特区の認定を受けることができたもので、来春の開園に向けて、現在園舎建設を進めておりますので、開園後の管理運営については、自治体関係者の参考になるような管理運営の実現を目指します。

 町村合併の結論を考える状況にあっても、将来にわたって天恵の郷に生活する老若男女が生き生きと、しかも活力があり誇れる地域を目指していく上で、今、何をすべきかが私に課せられた緊急の課題であると認識しているものです。

 地域が有する山岳景観は、自然の変化に富み、そこに咲き乱れる高山植物群や野趣溢れる温泉、日本の原風景とも言える古い養蚕農家集落とともに、六合の花として定着した山野草の美しい畑景観等によって天恵の郷六合は、訪れる者に感動を与える資質は十分に備えているものの、欠けている洗練さを備えた観光地の創造を目指して、現在、赤岩地区を国の重要伝統的建造物群保存地区指定に向けて取り組んでおり、また、温泉を利用した菅ムシロの「ねど踏み」と足湯の体験環境の整備も、住民生活に密着したものとしております。あわせて郷土の伝統物産と郷土料理のグレードアップ化を促し、大自然の景観環境と日々失われる古い物を大事に活かした感動と癒しを与えられる六合の郷づくりによって、人、もの、情報、経済の動きを活発化させるため、その取り組みに向けて日々邁進しております。

(広報『群馬自治』平成15年10月号掲載)