還 暦 前 の ひ と り 言

神流町 山田 孝行

「八方美人」。このことばは、「誰からも悪く思われないように、要領よく人とつきあっていく人」と、一般的には非難の気持ちを込めて用いられることが多いようである。
 かつて、私自身もこのことばにはズルイ生き方という意味合いの部分があって、強く反感を覚えた記憶がある。しかし、私が公衙(こうが)の吏(り)としてこの道に足を踏み入れ、住民の方々とのふれ合いが多くなってきた頃、不思議とこの「八方美人」ということばが私の脳中を支配し始めていることに気がついた。
 あたりまえのことであるが、公務は、あくまで公平でなくてはならない。こちらに届く声の大きさ、口調、ましてや信教の違いや門地によって公務が左右されてはいけない。いま思えば、公務員としての最低限必要な自覚と資質を磨かなければならない大切な時期に、「八方美人」は私の公務員としての最低限の礎である『公平』の部分を良い意味で育んでくれたものと思っている。だから、地域住民と接することの多い私たち町村職員は、「誠心誠意」の気持ちを携えての八方美人であるならばそれでも良いのではないかと思っている。さらに今では、八面玲瓏(はちめんれいそう)を目標としているが、なかなかその境地に近づくことができない。

 また中国・明の時代に書かれた本で『呻吟語』(しんぎんご)という中国古典がある。これは、いまから約400年ほど前、呂新吾という官吏が乱れた政治の中で悩みや苦しみに反省を加えながら著した書物である。
 公務に携わっていると年を経るごとに、判断に苦しみ一人悩むことが多くなり、その孤独感に耐え切れなくなりそうになる。そんな時は、この『呻吟語』によって心を癒されることが多い。自戒とともに悩みながら反省し、苦しみながら自らを律する。そして時代に流されない正統派処世道を極め、貫きたいものである。
(広報『群馬自治』平成22年10月号掲載)