「  支  援  」  の  先

吉井町 三木 善己

誤解を恐れずに言えば、今いろんな場面で「支援」が多用されている。20年くらい前までは、行政の言葉として「支援」はあまり使われていなかったと思う。自立支援、要支援、子育て支援、担い手支援等。
 使われだした背景としては、給付、扶助、補助など、どちらかといえば施す側から受ける側への一方通行的関係であったものを、本人自らの主体性を大事にして、行政や地域が支え、応援していこうとする関係への移行であると捉えればよいであろう。
 困難や問題を抱える人の気持ちを基本にしながら、行政、その他の人が支えていくという姿勢は、今後とも充実・発展させていかなければならない。育児、介護、健全育成、地域づくり、伝統の継承、産業振興など多くのことで支援を求めている。
 ただ心配するのは、問題が当該の人にとどまらず、取り巻く社会が変わってしまったことである。社会がいろんな意味で脆弱になっている。例えば介護力や教育力が落ちていることは多くの人が認めているところであるが、制度としての介護保険や教育課程が整備されても、なかなか解決に近づいていないと感じるのは私だけではないと思う。

 これまでの議論は、予算の不足であったり、組織体制の問題であったりであるが、むしろその後のことに私たちはもっと腐心しなければならない。
 地域の形成には住民の主体的な結びつきが必要なわけであるが、むしろ関係は希薄化し、孤立していく傾向にある。制度としての支援施策だけに頼り続けた場合、事態はより深刻なものになるであろう。
 これまでの取り組みの上に、問題や課題を抱え、たじろいでいる人と切羽詰った地域全体が本気で取り組まなければならない段階にきている。
 行政職員は解決に向けて、地域の有り様を変えていくための仕掛け人になることが求められているのではないか。

(広報『群馬自治』平成20年7月号掲載)