知  遇  を  得  る

上野村 黒沢 八郎

10期40年という長きに亘って上野村の村長を務められた黒澤丈夫氏であるが、村長を退任されてから早3年が経とうとしている。94歳というご高齢であるが、今なお矍鑠とされて、運動のために歩かれる姿も時折見かけるところである。
 その黒澤氏が、村長退任にあたっての最後の挨拶を「知遇を得る」という言葉で締めくくられた。知遇とは、人格、能力などを認められて、待遇されること、というような意味と知るが、前村長は「信頼し助けてやるに足るかどうか、それを認められた上で遇されること」と解説された。そして、「知遇を得られる人であれ、村であれ。そのためには己を慎み、研鑽を積まなければならない。」と説かれた。40年の任期を総括する言葉として受け止めたが、氏が自らをいかに戒めてきたか、尊敬の念を改めて大きくした。在任中には、幾度となく訓示をいただいたが、最後の言葉もまた心に深くしみるものであった。

 私も村職員として30年近く勤めることとなる。社交性に乏しい自分であるが、これまでに多くの知合いも得て、随分とお世話になってきた。「知遇」という言葉のレベルにはほど遠いが、人と人とのつながりの大切さ、ありがたさは理解しているつもりである。自分だけでは物事は進まず、仕事も成り立たない。
 今年も新年度のスタートを切り、各職場においてもフレッシュな職員を迎えられたことだろう。おそらくバイタリティあふれる新職員の皆さんに今更申すまでもないが、これから待ち受ける様々な場面を、固い信頼関係を築く中で乗り切っていただきたい。
 桜花の便りが聞こえる頃に、本欄への寄稿の機会をいただいた。何かと切り替わりの多い時期を迎え、前村長の言葉が改めて思い起こされたところである。流れにまかされる日常となりがちであるが、日々思いを新たにしなければとつくづく思う。
(広報『群馬自治』平成20年4月号掲載)