外国人集住の町から

大泉町 加 藤 博 恵

ブラジルスーパー、中古車屋、美容院、タトゥー(入れ墨)を入れる店、人材派遣会社…。人口の約16%が外国人、中でも南米系住民が圧倒的な数を占める大泉町にはポルトガル語の看板を掲げた、ありとあらゆる店が建ち並んでいる。外国人を目にすることが珍しかった20年前とは異なり、今は町中のどこでも家族連れやカップルの日系人とすれ違う。そんな外国人集住の町で、多文化共生を目指した業務に携わっている。
 「今までずっと、大事にお預かりしていました」。
 白い風呂敷に包まれた真四角の箱をそっと私たちの前に置きながら、ご住職の奥さんは静かに頭を下げた。中に納められているのは、2年前に事故死したブラジル国籍の青年の骨。
 盗んだバイクで事故をおこし、わずか20歳という若さでこの世を去った彼の遺体を、日本での保証人であるはずの義父は「もう自分には関係ない」と遺体の引き取りを拒んだという。母国にいる実母に火葬の同意を得ることができたものの、複雑な手続きや諸々の理由で日本を出ることが出来なかった彼の遺骨が、2年という歳月を経て、ようやく母の手元に帰れることになったのだ。

 領事館の係とともに引き取りに行った私たちに、住職の奥さんは白木の箱をなでながら言った。「お骨を預かってすぐに、女性から涙声で電話がありました。亡くなった彼のお母さんだと思います。言葉は分からなかったけれど、痛々しい声に胸がつまりました」。
 現在、数多く来日している外国人の中には「自国では今日食べるものも買えない、子どもを学校に通うことさえできない」という人もいる。“日本に来れば、お金も稼げて何でも買える。家族みんなが幸せになれるんだ”。そう信じ、高価な片道切符を買い、飛行機でも丸一日以上かかる遠いこの国にやって来る。
 しかし、日本語も話せず、生活ルールも理解できない彼らの生活や将来は、本当の意味での幸せに繋がるのだろうか。手放しで彼らを受け入れている日本は、変わり果てた姿で母国に帰った青年の目にどう映ったのだろうか。

(広報『群馬自治』平成18年7月号掲載)