当り前のことを大切に

新 町    渡 丸 巻 夫

枝に連なるひとつの房に、いくつものぶどうの実が結びあっている。いかにもたわわとしたさまである。そして、一粒を口にするとそのおいしさが口に広がる。一粒一粒が実であり、熟して結びあい、房になっている。同じように人も、大切なことを通し、いろいろな実が結び、その人ならではの味わいのあるひと房として成長していく。
 ぶどうの房のように、心の中にやさしさの実、思いやりの実、誠実の実、一所懸命の実、忍耐の実、自制の実、安心の実、喜びの実、望みの実が、ひと房に連なっているような人になりたい。誰もが願って当然である。しかし、そんな当り前のことを求めようとしないで、あきらめかけている人がいる。
 社会生活の中で、自分中心の損得勘定や人と比べてどうだとか、どう思われるのかと心配してしまう。自分にがっかりしていやになってしまうことがある。でも、豊かな実を結んでいくことをあきらめてはいけない。初めは小さな一粒一粒の実だが、大地からの養分を、根から幹から枝をとおして受け、熟した実となり房となるのだから。

 人とのふれあいで、大切な一粒一粒の実を表し、当り前のことを当り前のこととして大切に行なうことができたら、どんなに良いだろう。誰もがわかっていることだが、うわべの形だけでない本物の心、即ち実のある心を大切にしていきたい。相手の立場にたって物事に応じ、そのことに心がける一歩が大切なのだろう。
 一人ひとりが大切にされるとき、自分の心を開きいっしょになって取り組める。そこには、更に良い考えや方法を見つけ出し、良い結果をもたらすことができる。互いにいたわりあい、受け入れあうことができる社会が、一人ひとりの心から始まっている。
 今日一日を、心をこめて人に接していきたい。
(広報『群馬自治』平成15年10月号掲載)