ピ ュ ア な お 蔭 様

伊 香 保 町   石 坂  實

2週間、毎日ゴミ停留所へ通った。土曜日も日曜日も、朝のこともあり、昼間のこともある。終日忙しかったので夜10時のこともあった。
 決まりを守らないで出されたゴミ袋を持って、ゴミ停留所の利用者にゴミの出し方を指導する。「Do you speak Japanese ?」……無言。「にほんご わかりますか?」、かかわりたくない様子で「ニホンゴ ワカリマセン」。ゴミを見せながら「ゴミのことです」、親指と人差し指の間をほんの少し開ける仕種をして「にほんご すこし わかりますか?」、返事は「スコシ ワカリマス」。日本語が、共通語だったのだ。
 外国人はいい加減だ、と言われるが、そんなことはないと思う。ゴミの指導をして私の認識も変わった。外国人は、日本の習慣、決まり事を知らないだけなのだ。何回か説明をすれば理解し、約束を守ってくれる。
 そして自分たちの習慣として継承し、人に迷惑をかけないように努力している。日本人と違って毎日を緊張して暮らしているのも事実では
ないだろうか。

 日本人はどうだろうか。世の中の決まり事を承知している。しかし、それ程罪悪感もなく、ルールを無視する。
 ゴミの袋を開けて中身を確認する。領収書、請求書等で、名前を確認し、携帯電話で本人へ連絡をする。電話の向こうで「すいません」。分かっていたら決まり守れよな、と思う。「袋が違いますので、町指定のゴミ袋で出し直しをしてください。このゴミ、取りに来てください」、電話の向こうで「分かりました」。
 地域社会で人々が共に暮らすということは、“お互い様”のことから成り立っている。世の中ますます便利になるだろから余計、そうありたいと思う。人の気持ちの中から“お互い様”という思いがなくなってはならない。
 行政の理想である『住民自治』の根底には、日々の生活の基本である「自分たちでできることは自分たちでする」という言葉が概念として流れていると思われる。この言葉こそ、行政が真摯に取り組むべき姿であると思う。
(広報『群馬自治』平成13年4月号掲載)