四 季 に 想 う

川 場 村  宮 内  

私は、生まれも育ちも「川場」です。何かの映画に出てくる台詞のようですが、いままでの人生はほとんどを川場村で過ごしてまいりました。
 仕事の都合で1年間前橋市に住むことになりましたが、その中でつくづく感じたことがありました。
 春の桜と秋の落葉により、ある程度の季節感は感じることが出来ましたが、ビルの中で空調が完備されていますと一年を通じ同じ条件で生活することとなり、あまり四季を感じることが出来ませんでした。なぜかと考えると周囲に水田が無いためだと思いました。
 この時ほど水田が日本の四季を現している物はない、と感じたことはありません。春の雪解けとともに田起こしがはじまり、五月の節句が過ぎると田植えとなります。田植えの終わった後の水田には満々と水が張られ若苗が風にそよぐ姿を見ると清々しさを感じるのは私だけでしょうか。そして夏祭を迎えるころになりますと水田は、青一面となり成長の最盛期となります。水田が黄金色となると秋の取り入れの季節になります。

 収穫が終わり農作業の後片付けが済むと木枯らしの季節になり、もうそこまで雪の季節が来ています。私自身は水田を通して四季を強く意識することが出来ました。
 最近の農業は大型機械による作業が中心で昔のような手作業によることがなく、情緒が無くなったように感じています。また、山間地の棚田は、手間がかかるため耕作放棄地も見られるようになってきました。
 山間地の農村では近年厳しい状況にあります。この風景や季節感をいつまでも感じられるような地域でありたいと願っています。
(広報『群馬自治』平成13年1月号掲載)